「生き方のstyle」

僕は、本を創っていました。
本を書こうと思ったのは、今から六年ほど前。
そのときの僕は、病院のベッドの上だったように思う。

「明日、緊急手術を行います。
本当は今からでもしたいのだけれど、他にも急患がいて。。」
白衣を着た若い女医が、そう伝えてきた。

「ああ、そうだったのか。」

生き物のように鼓動に合わせやってくる痛みと薄れる意識の中で、
まるで他人事のように感じたことを思い出す。

ずっと、ずっと先のことだと思っていた。

もっと、生きるつもりでいた。

50年後か、まだもう少し先まで。

25歳の僕にとって、終わりは他人事だった。

どこかの誰かが、救急車で運ばれてゆく。

どこかの誰かが、今日も終わった。

その連続は、すぐ横に迫ってきていた。

25歳の僕の隣に、終わりが座っていた。
「そうか、そんな近くにいたのか。
今まで見ないようにしてきただけのこと、というわけね。」
そんな風に感じたことを記憶している。

僕は、あるアパレル会社の勤め人として日々を過ごしていた。

上司、先輩たち、同僚、
皆のことは好きだったし、仕事自体もやりがいがあった。

でも、どこかで感じていた。

追い抜いてやろう。

抜きん出て、僕は独立する。
そんな想いが、自らをストイックにさせ、
溜まるストレスにも体を慣れさせ、何も感じなくしていった。

何も感じないことは、都合が良かった。

苦しくも、痛くも、ない。

人に使われようが、クレームをもらおうが、冷静でいられた。

合理的に素早く事に当たることが、求められてもいた。

求められる通りの形に、自分をはめ込んでいく。
氣がつけば、決まった動きをし、
決まった言葉を的確に使うことのできるロボットのように仕上がった僕がいた。

社会の枠組みに適応している。

そんな自分を嬉しく思う自分がいると同時に、
どこかぎこちなく疲れたように笑う自分を見つける。
頭痛が続いていた。
一月ほど経ったある日、突然立てなくなり、嘔吐した。
頭痛の時
[頭痛が続いていた時]
病院では、すぐさま車いすが用意され、緊急患者用の個室へ移される。
「緊急手術を行います。」
選択の余地は、無かった。
脳の血管が弾け、右脳が血圧で半分の大きさにまで萎縮していた。
「手に力を込めて」
言われるがまま、両手を握る。
左手に、力が入らない。

そんなことに氣がつかなくなる程まで、何も感じなくなっていたとは・・。

脳の手術は、局部麻酔。

意識がある中、ドリルで頭蓋骨を破られていく時、意識が遠くなった。
「もし、この手術がうまくいって、体も元通りに動いて、
記憶も言葉も使うことができるのならば、次の人生は、もう嫌なことはしない。」
そう決めたことを思い出す。

何も感じない僕にも、好きなことくらいはあった。

週に一度か二度訪れる休日には、よく街へ出かけ、
色とりどりに人々を誘う巨大なビルに吸い込まれる大勢のうちの一人として、活氣づく渦の中をまわっていた。
そうしていることが、好きだった。

でも、嫌なこともたくさんやっていた。

未来のために、今を耐えれればいいと思っていた。

耐えている最中に、自らが絶えてゆくことを知る由もないまま。

薄れゆく意識の中、インドを旅したことを思い出していた。

唯一、僕が自らで選び取った挑戦。
それが、インドへの一人旅だった。

自分という人間が、どう立ち回れるのかを知りたかった。

知らない土地で、知らない言葉に、人々に囲まれ、
寝る場所、食べ物も今までと違うものばかり。

そんな場面で、自分はどうなるのだろう?

知ってみたいと思った。

敷かれたレールの上を進んできた。

氣がついたときには、学校に通っていた。

数字をつけられた。

数字には、優劣があることを教えられた。

優秀でありたかった。

そのために、努力してきた。

止まることなど、できなかった。

他人は、時として友の顔をし、時として敵となった。

留まることの無い、競い合いの世界。

インドという国が、競争の螺旋から僕を引きはがした。

混沌とした人の森。

他人は競争相手であった僕にとって、その森は危険に映った。

まるで、熱くねばねばの納豆の海に飛び込んで、
バタフライで泳いでいくかのよう。

意を決し、飛び込んだ。

泳ぎ続けた。

次第に、熱さは心地よさに、ねばねばは繋がりの絆に変わっていった。

人に優劣など、無い。

年齢も、地位も、権力も、ただの呼び名。

人間とは、両手を広げ横で繋がってゆく生き物。

そんな大きな感覚が訪れた時、人の森は、その姿を変えていた。

深い懐を持った、大いなる人の森、インド。

初めてのインド

[初めてのインド旅、デカン高原にて]

まぶたに、光を感じる。

朝が、来ているよう。

インドへ旅していた氣がしていたが、どうやらここは病院のベッドの上。

そうか、僕は手術を終えたのか。

瞳を開けると、無機質な白い天井と、カーテンが映った。

手足を動かそうそしてみる。

はっきりと、動く。

声を出そうとしてみる。

声も、言葉となる。

記憶も、しっかりとある。

「ああ、よかった・・。」
「そうだったか。まだ、生きていいのか・・。」

終わりは、隣に座り、存在を知らしめ、僕を逃した。

世界中を旅してみたい。

そんなことは、どこかの誰かのすることだと思っていた。

自分には、無理だと思っていた。

言い訳は、山ほど生まれ、そのたびに僕を納得させた。

だけど、昨日僕は、

もう、終わりだと感じた。

もし、終わっていたら、残念に思う。

だとしたら、やるのは紛れも無い、僕だろう。

この日生まれた世界への想いは、次第に熱を帯び、数年後に沸点を迎える。

単純に、世界の姿を見てみたかった。

自然の生み出すダイナミックな光景。

それぞれの国に暮らす、人々の営み。

わき上がる熱。

その中に、身を浸したいと思った。

自由になりたかった。

自由を感じたかった。
不自由の中で、決められた枠の中で、
終わってゆくと感じた時、わめき散らしたい自分がいた。
そうしなかったのは、ある枠にはまっていたからでもあった。

死の淵ですら、僕は作られた枠から出ることもできなかった。

悔しかったし、惨めだった。

同時に今、日本で暮らす多くの人たちが、
似たような枠の中で苦しんでいることを直観した。

僕は、旅をして、僕を自由にする。

僕は、僕を救い出す。

それがきっと、
社会の中で似たような苦しみを持つ誰かを救うことにもなるだろう。

旅を、本にしよう。

僕がこの先、瞳に映す光景。
出逢う人々の瞳。言葉。
それらを集めた本を。

自由を感じてもらえる、そんな本。

白い天井を眺めながら、未来の自分に想いを託した。
あれから六年が流れた。

僕は、世界を旅した。

70余りの国々を訪れ、数えきれない出逢いと別れの中を通り過ぎてきた。

撮りためた写真は、何万枚になるだろう?

一度帰国した際に、手づくりで本の形にした。

手づくりにしたのは、単純に資金が無かったということと、

誰にも手を加えて欲しくなかった。

ありのままの世界の顔。

僕の皮膚を通過した、生の感覚と、世界の奥深くに流れる源流を詰め込んで、
何度も読み返してもらえるような本にしたかった。

日本は今、一日に200を超える新刊が発行されると言われている。

情報に溢れている。

音楽も本も、デジタル化され、値段も安くなり、名前は忘れられる。

手に取るもの多くが、希薄化してきている。

ものとの関係も、人との関係も、薄れてきている。
僕が、感じた自由の世界。
それは、薄さの対極にあった。

濃密で、熱く、信頼でき、繋がってゆく先に。

表現したいと感じた想いは、
手づくりに適していたように、振り返った今、思う。

先走る想いだけで作り上げた世界の写真と言葉集。

値段は、書店で手に入る一般のものより高い。

高価なインク代がそのまま跳ね返っている。

それでも、手に取りたいと言ってくれた人がいた。

お金と、不器用に創られた本を交換してくれた。

Facebookで告知したため、買ってくれた人たちは、僕の友達。

友達から、お金を頂く。

友達がそれぞれの労働で手に入れたお金を、分けていただいているという感覚。

浪費家だった僕は、姿を消した。

このお金は、僕のお金ではない。

皆が僕に、分け与えてくれた力。

大切に、使おう。

そう思った。

頂いたお金を握り、再び旅立った。

旅立った先は、初めての旅で、競争に生きる僕を打ち負かし、
本当の顔に氣がつかせたインド。

旅は、瞑想とヨーガに充てた。

旅を、自分の生きた軌跡を、見つめた。

長かった髪もそり落とした。

人里離れた山の中で暮らし、

一日中、太陽の下に座り尽くしていた日々もある。

日本の社会で、労働と忙しさと伴に生きる人たちからは、
その姿は、社会から逃げているように映るかもしれない。

僕は、逃げていたのかもしれない。

逃げ続けていた。

迫り来る、他者との比較。

そこから生まれる、評価。

優越感、劣等感、そんな僕らを取り巻く諸々の事柄から。
だから僕は、
途中で帰るわけにはいかなかった。

逃げて、逃げて、逃げ切らなければ。

僕が僕を逃がし切り、何かつかみ取らなくては。

逃げることは、僕にとって、挑戦であった。

逃げ続けた先に、僕を待っていた光景。

比較も、評価も、ない。

優越も、劣等も、ない。

感覚は言葉に置き換わり、
かつて作り上げた本に、新たないのちの彩りを足した。

旅を、生まれてから今までを、この血を、肉を、全存在を賭けた表現。

人にとっては、幼稚なものであるかもしれない。

不器用な僕が作り上げたものだ。

取るに足らないものであるかもしれない。

それでも、今の僕ができる精一杯の表現。
そう思えるものができた。

手づくりの本、子供染みた表現。

恥ずかしさは、残る。

でも、病院のベッドの上で終わりの存在を知った僕は、ここでは止まれない。
だから、送り出したいと思う。

世界の瞳、言葉を集めた写真&言葉集。

病院の天井を見つめる六年前の僕、喜んでくれているだろうか?

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