『I ram karap te イ ラム カラプ テ』

I ram karap te
イ ラム カラプ テ

〜物語が、咲き誇る草原〜

 

アイヌ語で、例えば「こんにちは」のように交わす挨拶。

イラムカラプテ・・。

 

それは、「あなたのこころに、そっと触れさせてください。」そんな意味の言葉だといいます。

かつての北海道から東北の一部に多く住み暮らしたアイヌ。

そこには、奥ゆかしさと本当に大切なものが流れていたのだと、彼らの挨拶からうかがい知ることができます。

 

今、アイヌ語は、日本で消えつつある言語の筆頭となりました。

 

そして今、同時に本当に大切なものがぼやけ、飽食でありながらも貧しい。
そんな時代となっていると多くの人たちが氣づいています。

 

本当に大切なもの・・。

 

かつてアイヌを始め、私たちの先代が持っていた本質を今ここに。

 

そんな思いが込められて。

 

「I ram karap te イラムカラプテ」は、始まりました。

 

 

本当に大切なもの

 

 

本当に大切なものとは、何でしょう?

古代の医療を紐解くと、そこにヒントがありました。

出典:日本食事療法士協会
出典:日本食事療法士協会

上の図をご覧いただきますと、人間が健康で生きるために大切な、5大要素があるとのこと。

下から順に土台となり、より大切なのだといいます。

一番が、こころ。

そして太陽、空氣、水と続き、最後が食べ物。

まずは、こころありき。

健康のためとなると、食事の内容や摂り方に照準が当てられることの多い現代ですが、実は一番重要度合いが低いのでした。

 

食べ物自体の内容よりも、食べ物をどんなこころで迎え入れるのか。

こころ次第で、同じ食べ物を食べたとしても、体の反応は変化する。

最先端をゆく量子物理学も、そのことを科学的に発見しています。

 

こちら「I ram karap te イラムカラプテ」では、「朝食」をお出ししない方針です。

 

その代わり、こころに触れて包む「瞑想」をお越しいただいた皆様にご提供いたします。

 

そして、こころに次いで重要な太陽は、日本有数の日照時間を誇る安曇野の太陽。

続く空氣は、森が虫たちと創り出した、できたての空氣。

そして水。
それは、山奥から湧き出す湧き水で、いつでもお飲みいただけるように準備します。

 

初めは、少し違和感を感じる方もいらっしゃるかもしれません。

そんな方ほど、ぜひ数日の滞在をしてみてください。

氣がついた時、お越しいただいた時よりも、晴れやかなこころを感じていただけると信じています。

 

こころ

 

「こころ」とは何でしょう?

目に見えなくて、もちろん手にとって形を確かめることも。

でも、確かにある。

こころ。

言葉にすると、少し長くなりますが、「I ram karap te イラムカラプテ」では、こころをこのように定義します。

 

「思考の流れから、次第に出来上がった決め事(信じていること)と、そこから生まれる感情」

 

泣いたり、怒ったり、笑ったり、感動したり・・。

感情が大きく揺さぶられる時、わたしたちはこころが動いていると感じます。

 

感情は、「決め事(信じていること)と一致していると満足し、反していると悲しみ怒る」という性質があります。

 

感情の出発点である決め事は、どのように生まれたのでしょう?

 

そこを見てゆく行為は、まさにこころを観る。

瞑想と呼ばれるものとなってゆきます。

 

瞑想 meditation

 

瞑(目をつむる)

想(こころを観る)

瞑想とは、こころを観る行為です。

 

こころは、「思考の流れから、次第に出来上がった決め事と、そこから生まれる感情」ですので、簡単には、「思考の流れ」と捉えることができます。

 

こころ、つまり「思考の流れ」を観る。

 

川の流れを少し離れたところから、見つめるように・・。

ただただ、眺める。

色々な考えが、現れては消え、現れては消えてゆく。

それをただただ、優しく眺める。

その行為は、こころをやさしくケアしてゆく行為そのものとなります。

 

その考えに、氣をつけてください。

それは次の瞬間に、言葉に変わるから。

言葉に氣をつけてください。

それは、いつか行動となるから。

行動に氣をつけてください。

それは、習慣を作るから。

習慣に氣をつけてください。

それは、人生そのものとなるから。

もしあなたが、人生をより良くしたいと願うなら。

まずすることは、今どんな考えが生まれたか、そこに氣がついていることです。

 

有名なマザーテレサの言葉をお借りし言添えさせていただくならば、上のように表現できると感じます。

瞑想は、英語でmeditation。

語源は、medicine (薬)から来ていると言われています。

考えが、言葉となり、言葉は行動、そして習慣、果ては人生にゆき着く・・。

 

それが事実なのだとしたら、人生の始まりは「思考の流れ」

 

そこを見守りケアする瞑想は、まさにmedicine「人生の治療薬」と呼べるのだと感じます。

 

 

 

「I ram karap te イラムカラプテ」の1日

 

16時     チェックイン

18:30頃  ご夕食(一緒に創ったり、準備したり^^)

20時     片付け(みなさんと共に)

22時     消灯

 

朝を迎え(畑へ向かう道、朝日がとてもうつくしいです。)

 

8時      瞑想の時間(1時間〜1時間半ほどです。暖かくしていらしてください。)

10時     チェックアウト

 

 

「I ram karap te イラムカラプテ」では、お食事の準備や片付け、お掃除など、みなさんと共に行うスタイルをとらせていただきます。

 

少ないスタッフで運営しているという事実もありますが、何よりもお会いしたゲストの方々との間に生まれる物語を楽しみたい。

 

こんなにも多くの人たちがいる日本でも、日常ではすれ違う人ばかり・・。

 

人と人の関係性は、間に息づく物語の質量。

 

あの時一緒にサラダを作ったよね^^一緒に大変な思いをしたよね^^

 

いつの日か、今日という日を物語として持ち寄りながら、またお会いできる日を今から楽しみに・・。

 

お手洗いを使った後、お部屋を後にする時、次にどんな物語を携えた方が、使うのだろう?

 

そんな時空にまで思いを馳せていただけます方、次の人を想って何かをしたとしたら・・。

その行為が物語となり、次の展開が綴られてゆく・・。そんなサイクルがもし生まれるならば、この世界はきっと、すばらしい。

 

誰もが、すばらしい世界の物語の書き手として、今ここにいる。

 

 

こうして綴るこの文字が、時をまたぎ、今あなたと出会った。

1つの光線のごとく儚い、今放つ願い。

時空を旅し、あなたへとたどり着く。

そこから、どんな揺らぎが生まれ、どんな展開が描かれてゆくだろう。

 

それがとても楽しみです。

 

こうして出会ってくださり、ありがとうございます。

 

 

物語を読む

 

 

「I ram karapu te イラムカラプテ」は、かつてシャロムヒュッテの名を持ち39年間続いてきた物語を持っています。

創始者、臼井健二とその仲間達が木を切り出し、三年かけて創った手作りの建物です。

撮影:河谷俊輔

梁を見上げれば、手斧の跡が残り、漆喰の壁には塗り手の踊る心を見て取ることができるかもしれません。

ランプのスイッチ周りに至るまで、手作業の物語たちが息づいています。

一つひとつ、物語に触れるたび、空間は彩りを増してゆくことと感じます。

 

 

物語の詰まったこの場所で、あなたという物語を読み解く。

そんな時を過ごしていただけたら。

 

読み解く方法は、瞑想。

 

今までの全人生が、今のあなたに息づいていること。

今の性質や性格も、かつての物語がその後ろに隠れている。

 

もっと幸せになりたい。

そんな願いを塞き止める、無意識に刻まれてしまった物語もあるかもしれません。

 

今この瞬間に、その一息に、全てがある。

 

分かっているだけで5000年以上続いてきた瞑想、物に宿る物語が見えづらくなり、人々の心が無機質になりつつある今この時代こそ、本当に大切なものとして・・。

 

 

 

「イラムカラプテ」

 

アイヌ語で、こんにちは。のように使われてきた言葉・・。

 

「あなたのこころに、そっと触れさせてください。」という意味を持つ。

 

 

途絶えつつあるアイヌ語と、本当に大切なこと・・。

 

 

本当に大切なものを思い出す場所として・・。

 

 

「I ram karap te イラムカラプテ」

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